少年の放火、殺人事件!
■大阪の武田先生

 奈良県で高校1年の少年が自分の家に放火してお母さんと妹、弟、3人が焼け死んだという報道がありました。少年は近畿で屈指の進学校で勉強しており、すごく頭の良い子であったそうです。6年生の時に書いた卒業文集(将来の夢)が新聞に出ておりましたが、しっかりした文章で私は感心しました。学校関係の人や近所の人、友達も、とてもそんな放火、殺人をするような子には見えなかったようです。
 その子は自分の家に火をつけ、電車で京都のほうへ逃げ、公園に隠れて寝たりしましたが、寝られないので、公園の近くの民家に侵入し、寝ているところを発見され、逮捕されました。今警察のほうで、動機などについて詳しい取調べを受けております。
 それでは何故、勉強もよく出来る、評判の良い子がこのような事件をおこしたのでしょうー?新聞によりますと、むしゃくしゃしていたと報道されております。当日は中間試験の成績について、保護者との懇談のある日、であったようです、試験の成績が悪く(この進学校では悪かったのかも知れないがー)お父さんに叱られるのがいやだった様です。そして何もかも嫌になったこの犯人の子が、自分の人生及びこの環境をリセットしたかったのでは、又人生の一発逆転をねらってこの事件を起こしたのではないかと、識者の方は述べられております。しかし、この子の起こした事件はゲームとは違うのです、このような事件を起こすと取り返しのつかないことになるのです、リセットはききません、この子は一生重荷を背負って生きなければならないのです。
 医師のお父さんは自分のこの子を将来医者にするために、すごく教育熱心であったようです、そのことがこの子にとっては、口うるさいだけと、恨みに思っていたのでしょう。犠牲になったお母さん、妹、弟もとてもかわいそうです、そして、このお父さんもすごくお気の毒に思いますがーー、お父さんにも反省点があるのではとーー、勉強中心の過剰な期待がこのような事件を起こしたと考えております。
 それではこの少年にどのような教育、指導が必要であったのでしょうか? 勉強が出来ることだけでよいのでしょうか?私は私なりに考えてみました。
 教育には二つの大切なことがあります。一つは勉強が出来ること(学力)。二つ目は人から愛され信頼される人格(精神力)を持っていることです、即ち相手の立場になって優しい思いやりの心が持てること、そして自分中心でなく、人のために尽くすことの出来る子、少々のことではへこたれない、忍耐力を持っていること、我慢が出来ること、逆行に耐える、又逆行を徐々に改善する粘り強さがあることです。いつも恵まれている子、苦労を知らない子には立派な精神力は育ちません。学力がいくらあっても、精神力が幼児なのです。
 私は道場生に常に以下のことを述べております、お父さん、お母さんに叱られた時、先生方に又師範、先輩に叱られた時には、たとえげんこつを入れられても手を合わせて感謝の気持ちをこめて「有難うございます」と言うべきといっております。皆さんのことを思い、愛情があればこそ、叱ってくれるのです、感謝することこそあれ、恨むことなどは決してないことなのです。
 それから我々指導者は、又親達は小さいうちに苦労を実感させ、世の中、簡単に自分の思うようにはならないことを教えることが必要ではないかと思うのです。苦しみながら自分で困難を切り開いていく試練が必要では、と思っております。たとえば昇級審査、昇段審査で思うように上がらず親の期待に応えられず屈辱を感じる、試合で負けてくやし涙を流す、又練習中、組手で強い相手に合いぼこぼこにされ、悔しい思いをするなど、自分で苦労を体験してはじめて相手の苦しみが理解でき、思いやりの心がわいてくると思います。自分の思いどうりにならないのでむしゃくしゃして事件を起こす、世の中、ゲームのようにリセットは出来ないのです、今の若者には特に指導がいると思います。
 最後に情操教育の必要性があると思います。今日、上記の内容を、道場生全員を集め話をしました。その中で、学校内に動物を飼っていたり、花を育てたり、野菜を栽培したりするのはなぜですか?と聞いてみました、誰も答えられなかったので、来週先生に聞いてくださいと言いました。交野市では学校で鶏を飼ったり孔雀、うさぎなどを飼っているそうです、また朝顔をはじめ多くの花を育てています、野菜も育て、収穫後みんなで頂いているそうです、大変良いことだと思っております。動物や植物を育てることで、子供達の情操が育まれ、思いやり愛情が自然に出来てくると思います。私の子供時代、私の家も含め、周りは農家が多かったのですが、それぞれの家には多くの兄弟達、お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんに、それに牛や鶏、ヤギ、犬、猫に囲まれ、貧しいながらも懸命に生きておりました。私の村、町、事件らしいものは全くありませんでした、もちろん家に鍵をかけるなど、全く不要でした。古きよき時代を思い出しながら、今の世の中、もっとやることがあるのではーーと考えさせられます。

■ あ〜(;;) ポロン - 2006/06/26(Mon)

>相手の立場になって優しい思いやりの心が持てること、そして自分中心でなく、人のために尽くすことの出来る子、少々のことではへこたれない、忍耐力を持っていること読んでいて、涙が出ました。(本当に)
「相手の心の中が手にとるようにわかる」「相手が何を考えているのかわかる」という能力は、とても高度な能力でその力をつけるような環境を大人は子どもに与えなければいけない。それは、学力向上にもつながる。昨今は、学力低下と言われていますが、ただ勉強するだけでは本当の意味での高度な能力はつかないのでしょうね。
子どもは、生まれながらにしてそれらの能力を持っているにも関わらず、大人(親)の能力が低下している現代では、それを育てることがとても難しいのだそうです。
子どもを育てながら「あっちにぶつかり、こっちにぶつかり」は当たり前で・・・親自身が素直な心を持って、多くの人生の先輩方の良い行い、生き方、言葉をたくさん吸収し成長していかなくてはいけないのだと思います。
それにしても一所懸命勉強し親の期待に応えようとしていた子ども。
子どもを何とかトップクラス(?)にしたかった親。とても気の毒でなりません。
親自身、そんなに子どもを攻めていたのか?そんな意識もなく、ただただ期待をしてその子の将来を楽しみにしていただけなのかもしれませんね。
ただ、こういう言い方はどうなのかと思いますが、ただただ勉強してムシャクシャしたら家族が寝ている家に放火をしてしまうようなその程度の忍耐力の人間が将来「医者」になっていたかと思うとゾっとします。最後が辛口になってしまいすみません。

■月光仮面 - 2006/06/27(Tue)

先生、お久しぶりです。私もあの事件には誠に陰鬱な気分になりました。
凡人にとりノルマのある勉強はたいへんです。われわれ大人は忘れがちですが、断末魔の苦しみとはこのようなものだろうか、などと思うほどの苦しさではないでしょうか。神童でもそうなのですね。そんな大変さに輪をかけて青春という狂気のうちにあるわけですし(ティーンの頃、私は自分が発狂してる気がし、人前でびくびくしてたものですし、級友との話題の中にも「俺は分裂症かも」などと悩む者がいましたし、実際、発症したり、死んだりした者も何人もあります。また殺してやろうと思う人間が何人もいましたし、それが無理なら自殺するしかないなどと思ったものです。恥ずかしながら今や忘れて大人ですが)。さらに追い討ちをかけて両親の離婚、継母らとの生活ですから。私のような凡人でもどんな反応を起こしてたか、と思うと、ぞっとし、もう受験勉強と関わりのない位置にあることに安堵させられます。
青春真っ只中の皆さん、先を悲観しないでください。受験勉強や精神の動揺、そうした修羅の戦場はあとちょっとです。この先は極楽です。勉強に比べれば、仕事も生きることも楽しいお遊びです!


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