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極めの定義
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■あごひげ
極めの定義(極めと寸止めの違い)
1、目標の寸前で止める。伸ばせば最終地点に届く・・これは寸止めです。
2、目標を寸前に置いて最大限の爆発(破壊)をする・・・これは極めです。
氣合いは極めと同時に行わなければ意味がありません。 |
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私が思う極め。
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■あごひげ
極めという言葉ですが、今から25年くらい前の全国大会ビデオの中で、首席師範の中山正敏先生が、『寸止めという言葉はおかしい、寸前に目標を置いて最大限の爆発力を生む、これが極めです』、と言っていました。
一方、寸止めという言葉は空手バカ一代全盛のフルコン側から出てきた言葉と記憶している。が、たしかにその後も伝統空手の人たち自らも大勢が『寸止め』と捉える風潮に、中山先生が釘をさしたのではないかと思われます。極めはブレーキだ、と言う人がいます。ブレーキということは止まるということですからやはり寸止めと何ら変わらない解釈でしょうね。まして寸止めとはそこから伸ばせば当たる、ということで止める技と解釈しているのですから。。でも中山先生の言われる極めとは、ブレーキではなく目標を設定し極める、ということであり止めるということではありません。何かを破壊するとき、例えばボクシングなどのようにぶん殴るというイメージが強いと思います。ぶん殴るとは、つまり、拳を振り回す延長で届かせることです。 |
| 一方、極めとは、ぶん殴る(拳を放り投げる?)のではなく、目標物に一点集中し極める(破壊する)ということです。人体の構造を知れば、ある一点に突きを集中することで、衝撃を表面から深部に伝えることが可能です。巻き藁は突いてからさらに押し込むようにします。でも、瓦など(密着している場合)何か物を割るときは下まで拳を下げなくとも表面から威力を伝えて拳が届いていない部分まで衝撃(浸透力)を与えることも出来ます。頭蓋骨の中はというと脳を包む膜(硬膜、クモ膜、軟膜)で何重にも保護されていますが、極めにより深部に到達させることが可能です。よって突きにはぶん殴る方法と一点集中の極めがあるということです。 |
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その極めですが、最大の衝撃を拳に集めるために正しい立ち方、姿勢などがあります。追い突きの場合は、やはり足、姿勢がしっかり決まったときに最大限の爆発力が突きより生まれると思います。ただし、目標に向かい身体を乗せて居る途中では相手も動くものであるならば足と同時とばかりとは限らず足よりも早くなったり、遅くなって突きをだすこともあります。いずれの場合でも身体の締めは大事ですから、極めたときの捻り、筋肉の使い方をマスターするために、巻き藁や試し割りなども必要でしょう。
また、自分の拳に自信がないのに拳が届いたから極めることができたということもないはずです。最低限、道場では拳立て(拳での腕立て)をしていないとメンホーにコンタクトした瞬間に手首が曲がって居るのをよく試合でも見かけますがああいうのは決して空手の突きだと言ってほしくないです。こういうのは恥ずかしい突きです。スポーツとしての空手は、速さを競って勝ち負けにこだわるのである程度は仕方がないとは思うけれど、でも、武道==我が身を守る護身、武術として捉えた場合の空手道であるならば、速さ以上に突きの重さ、威力が大事なはずです。
試合での極めは、極めた瞬間の筋肉骨格、氣の使い方も重要です。さらに、極めたあとの残心はもっと大切です。それらを総称して極めと言うのではと考えます。 |
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| NPO法人日本教育空手協会 Japan Educate Karate Association 統括師範小野寺脩(あごひげ館長) |
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