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子供は風の子
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■空手道修行編@
あごひげ 石巻かほく『つつじ野』
今月の座禅会は、ドカ雪だった。降りしきる雪の中、道場から五百メートル先の「浄音寺」まで走っていくと、奥さんは子供たちの通る道の雪をはいてくれ、和尚さんは本道の前に出て、ニコニコ出迎えてくれた。本堂に入るなり、和尚さんは「みんなは空手の修行をしている。雪が降ってもここまで走ってくる。おかげで私も一緒に修行をさせていただいている」と。月一回の坐禅会は「行茶」で終わる。普段は見向きもしない駄菓子でいただくお茶、そして、和尚さんの持つ「やわらかい雰囲気」に接することが、子供たちには何よりの楽しみになっているようだ。床が、ことのほか冷たい日「電気毛布で寝ている人は?」と聞くと、約三分の一の子供たちが手を挙げた。続いて「だれがその電気毛布を使えというのか?」と聞くと、その三分の二が「お母さん」と答えた。
冷え性で、足が冷たくて靴下をはかないと眠れない自分を?基準に何か勘違いをしているのではあるまいか。しかしね、「子供は風の子」、寒いときは身体を温めようとする「自己温度調節機能」が働いて、内からのエネルギーが湧き出る。寝るときは冷たいフトンでも、やがて温まり、次にはその温かさで気持ちのいい眠りがやってくる。(みんなそうやって、丈夫に育ってきたんでしょうが・・・)「電気の温度は最低にしている」と、言い訳が聞こえてきそうだが、いくら最低でも、子供たちの細胞をむしばむ結果になっていることを知るべし。ましてや武道の修行をしている子供たち。寒さに打ち勝つだけでも大変立派な精神修行になっているのではないだろうか。いらぬ心配は逆効果。まず家族から「(心の)体質改善」をしよう。さあ、春はそこまで来ている。湧(わ)き出る無限のエネルギーで、子供たちよ「わんぱくでもいい、逞しく育ってくれ!」
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母は強くあれ!
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■空手道修行編A
あごひげ 石巻かほく『つつじ野』
新しい親子が見学に来た・・・。けれど、子供に「どうする?」と聞いている。聞かれれば子供は、“親の不安”に敏感だ。こういう見学者が最近増えている。親たちも弱くなっているのであろうか。通称アッキーくん(当時五歳)の入門時を思い出した・・・。アッキーくんは見学に来たその日泣いていた。「オラ、ゼッタイ、イヤダ」と母親にわめいている。以後、「宅急便の荷物」でも置いていくかのように毎日、毎日、いやがるアッキーくんを道場に押し込んでいくお母さん。「外にいるからね」と声を掛け「ホントに待っててよ」とアッキ―くんが声を張り上げる。何度も外をのぞき母親がいるかどうか確認をする。落ち着いてきたころ、お母さんはスーッといなくなる。「もういいんでねえの」とかわいそうに思え「もう少し大きくなってからでいいのでは」と同情さえ。お母さんが鬼に見えたのは実は私も同じ。道場の外に飛び出す心配もあったので「みんなも見てろよ」と、ほかの子供たちにも協力を求む稽古が続いた。
お母さん自身も、心の葛藤(かっとう)はあったろうに、母は強し。徐々に私もその涙ぐましい努力に、お母さんに声援をおくる氣持ちで、アッキーくんを“抱きしめ、受け取る”ようになっていった。少しずつ泣く回数が減ってきたのは、同級生が入門するようになってから。そして数年、なんと、昨年の県大会では、紫帯のアッキーくんが茶帯、黒帯を連破し、小学四年の県代表として晴れの全国大会に出場した・・・。子供たちの間に風邪がはやっている。しかし「風邪をひいたら薬を飲めばいい」ではなく、風邪をひきにくい丈夫な体に導いてやるのが、真の愛情ではないだろうか−。だれよりも氣合い鋭く頑張っている現在四級のアッキーくん。これからの幾度かの壁もきっと、自分の力でたくましく乗り越えていくに違いない。『お母さんの勝ち−』であった。
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黒帯への挑戦!
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■空手道修行編B・完
あごひげ 石巻かほく『つつじ野』
入学時に必ず言う言葉がある。「親がいいと思ってやらせることが大切」であり「子供に左右されるようでは、たとえ入門しても長続きはしませんよ」と。入門した当初は、帯をどこかに落とし、胸をはだけて道場内を縦横無尽に走り回り遊ぶ。「さあ、けいこ」と声をかければ「オラ、あしたの朝まで腹いでんだおん(痛いんだよ)」→これは最近一番の名セリフ。すみっこの方に正座をし「足にキズがあるから」とほんとに痛そうに手をやる・・・。十級から階段を上るようにして一級を迎える。早い者で三−四年、遅い者で七−八年もかかる。黒帯への道のりは決して平たんではない。継続にあたり障害となるのは、親たちの焦り、プライド、ジェラシー。「継続は力なり」。言うはやすいが行うは非常に難しいですね。
昇級審査受験の有無は実力で判断される。受けられないと分かって「うちの子は素質がない」と、親のほうがショックを受けたりする。子供が上手だと親は天狗(てんぐ)になり、下手だと親は卑屈になりやすい。この場合、子供を救う手だては親への一喝になる。黒帯目前にして、けいこの厳しさの前に挫折し去っていく者もある。しかし、一つ一つの心の壁こそ大事な修行にしていかなければ、「身体は大人でも、心はいつまでも子供」ということにはなりはしないかと思います。黒帯もまた階段の一段にすぎず、まして、水戸黄門の印籠(いんろう)のように「これが見えぬか」と、腰に巻いて人生を闊歩(かっぽ)できるはずもない。世も世、道場の掲げる『世界を担う人づくり』に、「かわいい子に旅をさせる」氣持ちで、子育てに参画していただきたいのです。子供達には、「心の黒帯」こそしっかり締めてもらいたいな・・。
何はともあれ、空手道初段となり晴れて黒帯を締めた日、たいていの子供たちはその黒帯をまくら元に置いて寝るか、抱きしめて寝るそうだ。 |
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| NPO法人日本教育空手協会 Japan Educate Karate Association 統括師範小野寺脩(あごひげ館長) |
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